RAPT BLOGでこの世の真実を知り、有料記事を読んでいくうちに
一般記事よりももっと大切なことが書いてあり、今まで聞いたことがない教えに驚きを隠せませんでした。
毎回得した気分になっていましたが、読み進めるうちに自分さえ良ければそれでいいという考えがなくなり、まだ知らない人にも伝えたいと思うようになりました。
有料記事では霊界のことや神様の存在を知ることができました。
この世の真実を知り、悪魔崇拝者がこの世を支配している事実を素直に受け入れることが出来たのも、沢山の証拠や理論立てて解かれていたからです。RAPT理論は矛盾がなく、現実社会で起きていることがRAPT理論通りでしたので、これこそ真実だと確信しました。悪魔がいるということは神様もいますし、霊界が存在しているということです。
神様の存在を知ってから、私も神様と通じたいと思いお祈りをするようになりました。最初の祈りで感動があり本当に神様がいらっしゃることが祈りを通してはっきりとわかったので、嬉しくてたまらなかったです。
本物の神様を知り一年半くらい経った頃、私にとって一番神様を強く感じらる体験をしました。その聖霊が強烈すぎて感動したことをはっきりと覚えています。
あの感動をもう一度受けたいといつも思っています。あの時の聖霊は私が全てのものを捨てて神様に委ねた決断をした時でした。
御言葉に従順に従うことが出来たら、神様から祝福されると教えていただいた通りに、物質も何不自由なく与えてもらえました。
その決断をした時の私の頭の中では、聖書に出てくる漁師のペテロが網を捨ててイエス様についていったことを思い出していました。私も捨てて素直に従ったのです。その時に受けた聖霊によって、神様の愛だけあればそれでいいと思っていました。怖いものが何もなくなって強い人に変身したかのように、自信に満たされていました。心配や不安もありませんでしたし、ちょっとしたことにも楽しくて、いつも心が満たされていました。
でも気がついたらいつの間にか信仰がずれてしまっていたようで、恵みを受けられていない日が続いていることに気がつきました。
これではいけないと新しいことに挑戦したり色々試してみたのですが、何をやっても思うように続かなくて、肉の弱さに負けてしまったり、御言葉にきちんとついていけていなかったように思います。自分ではやっているつもりでしたが、結果的には聖霊もあまり受けられていなかったのです。
あの時の聖霊が忘れられない。もう一度受けたい。
でもどうしたら受けられるのかわからなくなっていました。
神様の元を何が何でも離れたくないし、焦ってばかりの毎日が続いていました。
決心してみても肉の弱さに負けてしまう意志の弱い自分がいて、毎日同じことの繰り返しでした。自分の霊が苦しんでいるような感覚もあり、できない自分に落ち込んでばかりいました。
御言葉を聞いていくうちに、色々考えて体力がないからダメなんだと思い、毎朝走ることにしました。
走るのは大の苦手でしたので、初めは全然走れなかったのですが、毎日続けていくうちに少しずつ距離を伸ばして走れるようになってきました。
明け方祈れなかった日は体が重くてすぐに息切れしてしまうのですが、ちゃんと祈れた日は体が軽く、いつもの距離を楽に走れることに驚きました。
きちんと祈れた時は頭がスッキリしていて睡眠時間が2時間くらいでも全然元気なのですが、苦手なジョギングにも効果があるなんて本当にすごいことだと思いと思いました。
NANAさんの証のタイトルで「霊魂に気を遣って生きることで、心も身体も疲れなくなり、いつも元気に活動できるようになった」とありますが、私も本当にそのような体験をしました。
やはり、やるかやらないかは自分次第なのだと思いました。
サタンの誘惑もありますが、私の場合自分に甘かったのです。
聖書にも、生ぬるいものは吐き出すと書かれてあることを思い出しました。⇩
「熱くもなく、冷たくもなく、生ぬるいので、あなたを口から吐き出そう。
だから、熱心になって悔い改めなさい。見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。」(黙示録3:14-20、抜粋)
この聖句を初めて読んだ時には意味がわかりませんでしたが、RAPT氏が教えてくださり、理解できました。
中途半端なことをしていてはダメだということなのです。
神様を知らなかった時の怠け者の考えが狂わせてしまっていたことにも気が付きました。楽な方に流れていくのはサタンの考えだと御言葉で教えていただいた通りだと思いました。なので心を入れ替えて毎日続けていきたいと思います。
いくら神様から離れたくないと思っていても、自分がきちんとやらなければ、神様の考えとは合わなくなってしまいます。御言葉に従順に従って神様を喜ばせる行いをすることができますように、できることから毎日努力していきたいと強く思いました。
呑気に暮らしていた昔の生活や神様を知らないで生きていた自分には絶対戻りたくありません!
何故なら神様を知らない時の自分は嬉しいと思えることを沢山しても楽しいと思えるのはそれをしているときだけで、本当に心が満たされることがなかったからです。神様を信じるようになって御言葉を聞いて神様にお祈りするようになってからは、心が満たされて希望と平安の中で生きる生き方を体験するようになり、考え方が変わっていきました。
そしてKAWATAさんの証に書かれてありますように、霊魂に気を使って生きることで、心も体も疲れなくなると言うことを実感しました。
朝の会でRAPT氏が伝えてくださっています御言葉に聞き従って生きることで、人間は本当の幸せを手にして生きることができるのだと思いました。このことを知らないで、生活していても、心が満たされた本当の幸せが何なのかわらないので、イルミナティの提供するものを得たりして幸せだと思うしかないのです。
イルミナティの提供するものはお金がいくらあっても足りませんし、ずっとそれらで心が満たされることがないのです。これは実に虚しいことだと思います。
神様と愛をなして生きる方がお金もかかりませんし、よっぽど幸せに生きられるのです。
「RAPT理論+α」の真実情報がもっと拡散されて、一人でも多くの方が、神様のところに導かれますように心から願います。